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76歳で単独ヨット世界一週!|高齢者の自立とは何かを考える

こんにちは、現役介護士のさかもと ままる@mamaru0911です。

ネットにこんなニュースが載っていました。

76歳ヨット世界一周、食料足りず…「マグロ釣った」 (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

静岡県の立尾征男(たておいくお)さん。

76歳にしてたった一人で、ヨットで世界一週!

しかも無寄港、実に55,000km、394日間に及ぶ大冒険を成功させたと言うから驚きです。

76歳と言えば、介護施設で生活していてもおかしく無い年齢です。

しかし、単独でヨット世界一週を成功させてしまうような方もいます。

この違いはいったいなんなのでしょうか?

今日はそんなお話です。

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76歳、ヨットで世界一周 ソロモン諸島でサメ体当たり:朝日新聞デジタル

自立出来る高齢者とは

僕は現在、有料老人ホームと特別擁護老人ホームでWワークをしています。

それらの利用者の多くは、認知症を患ったり身体のマヒや機能低下で「自立」した生活が出来ない方たちです。

 

特に自立した「独居」が不可能で、家族や親戚などのサポートが受けられない場合、介護施設に入居するというのは、ある意味当然の選択だと思います。

しかし世の中には、上記の立尾さんのように高齢者でもしっかりと自立するどころか、若い人でも成し遂げられないような偉業を、やってのける人も存在します。

いったいこの違いの理由はどこにあるのでしょうか?

高齢者が自立出来る理由

高齢者になると、人生で一番大きな変化として「退職」があります。

仕事をする=社会と関わる

という人間の生活において、一番大きな要素がなくなるわけです。

この段階から、生涯自立出来る人なのかそうでない人なのかの分かれ目が発生します。

(もちろん病気などの原因で、家に引きこもる事を余儀なくされる方々もいらっしゃいますが、身体は健康な方という前提で今日は話しを進めます。)

高齢者でも「自立」して生きていける一番大きな理由は

自立=生き甲斐

だと僕は思います。

人間は「誰かに必要にされる」「自己実現をする」などの生き甲斐なくして、生きていく事は困難です。

ただ漫然と日々をなぞらえて生きていくだけでは、生活に「緊張感」が無くなります。

その「緊張感」の無さこそ、認知症発祥の原因の一つだと僕は思います。

老後の貯蓄不足に悩む人に

ネットやテレビでは、老後に必要な貯蓄額についてしきりに報道さています。

65歳から死ぬまでに3000万円は必要だとか、年金ではやっていけないだとか、一度は聞いた事があると思います。

それによって、自分の将来を不安視している人も多いでしょう。

しかし仮に、老後資金として3000万円あるような人こそ、僕は認知症のリスクが高いと思うんです。

「老後は悠々自適に」と思っているひとは多いと思いますが、会社を退職すると自分でも驚くほど人との関わりが少なくなって行きます。

人と接する機会が激変し、家で過ごす事が多くなると脳への刺激は極端に減って行きます。

「毎日のんびり暮す」というと響きはいいですが、やはり人間は「暮らして行かなくてはいけない」「働いていかなくてはいけない」という緊張感があってこそ、脳の動きが活発化するような気がします。

なので老後資金に悩んでいる人は「何歳までにいくら溜める」という考え方より「生涯なんらかの収入を得れるように自立する」という風に考え直した方が、結果的には幸せな人生を送っていけるように思います。

高齢者の自立とは何か

「高齢者の自立した生活」とはいったい何なんでしょうか?

もちろん食事や排泄、入浴などを自分自身で出来たり、社会生活を一人でこなす事が出来ることを言います。

介護業界では、人間が生活を送るにあたって何らかの介護を必要とする人を「要介護」そうでない人を「自立」と定義付けています。

しかし僕が思う所の「自立」とは「選択」が可能かどうかだと思うんです。

朝目が覚めて、歯を磨くのが先かトイレに行くのが先か、僕らは無意識化で「選択」をしています。

「今日は出掛けようか、家にいようか」「昼ご飯はお弁当にしようか、外食にしようか」「今日はお風呂に入ろうか、それともこのまま寝ちゃおうか」

生きることとは、この「選択」の繰り返しです。

「生涯自立して生きる」ということは、死ぬまで自分で全ての「選択」の意思決定が出来るということです。

この「選択」が不可能になった場合、他人による何らかの介助や介護が必要になります。

しかしこの「選択」こそ人生であり、人が生きる幸せであると思います。

76歳で単独ヨットで世界一周を成し遂げた立尾さんのように、自分でチャレンジして結果を出すという行為こそ、自分が自分で生きている証なのでは無いでしょうか?

まとめ

人間は気力と体力さえあれば、何歳になってもチャレンジが出来ます。

しかしその気力や体力は「チャレンジしたい」という強い思いと「チャレンジしなければならない」という強い緊張感が可能にしているものだと思います。

「悠々自適」という言葉だけ聞くと、優雅な老後のように聞こえますが、実は大きな落とし穴があります。

緊張感が無くなった生活こそ、人の本能である闘争心や競争心を欠いて行くのです。

人間は自分自身で「選択」が出来なくなった瞬間、一人で生きていく事は困難になります。

生涯「選択」が出来る人生こそ、有意義で幸せな人生なのだと僕は思います。